第192回 レフリー考 by岬のおっさん

 


今回はレフリングについて書こうと思います。この話題なのでなかなか持っている写真もなく、今日本協会が公認しているトップレフリーのA級6人衆に敬意を払って載せさせていただきます。(協会のHPに載っている順番です。) 一部ご本人のFBから勝手に写真をぱくったりしてますがお許し下さい。でも私がやってた頃に比べてイケメンの若い人が多いですね。(と、フォローしておく・・) 今はものすごく走らねばなりませんからみなスマートで走り込んだ身体をされていますね。昔は正月の花園でもビール腹のレフリーがいたものですが。

長くこのコラムにラグビーのことを書いてますが、レフリングについて書いたことはおそらくなかったと思います。まぁそれが今回のテーマであるレフリーがいかに軽視されているか(私も軽視してしまっていること)の証明でもあるのですが・・・。

実は私は現役引退を考え始めた30歳ぐらいの頃、今後どうラグビーと関わっていこうかと考え、選んだのがレフリーの道でした。それでとりあえずは大阪協会のC級レフリー資格を取ることにしたんです。
もちろん会社に勤めている限り、B級、A級と上がっていく事は至難の業です。B級でも相当数のレフリング実績(アセッサーに外から見てもらう)が必要で、しかも菅平での何日かの研修合宿とかを経ないと、合格できません。

それでもとにかくC級を取ってみようと思って勉強を始めました。勉強と言ってもルールブックを読むだけなのですが、このルールブックなるものがなかなか読みにくい代物です。おそらくはIRBの英語で書かれたルールブックがあって、それを和訳することからスタートするためどうしても意訳を避け、忠実にやろうとして硬い文章になる、もともとルールそのものが硬い文でもある・・・と言うのが大きな理由かと思います。少し英語の読める人で、ルールブックがわかりにくい場合は英語も併読することをお勧めします。英語の方がわかりやすい場合が随分あります。少々間違った笛を吹いても「ぼくはIRBルールで吹きました。」と、とぼけられます。(冗談ですよ、冗談)

特に昔は解説も絵図もビデオも何もないですから文章だけでルールの解釈をすることにはかなり無理な面があります。そういうところを補うために協会でも受験者に対し、実技指導、解釈講義などをしてくれるのですが、自ずから情報量には限界があります。

例えば私の講習会場ではこんな一幕がありました。講師は当時レフリーとして著名な方でした。その方が「インゴールに入ったらスローフォワードはない。」と仰有ったのです。で、私が「もし明らかにスローフォワードしてしまっても罰則がないのですか?」と質問したら、「インゴールへ入ったらトライしたらいいんだからスローフォワードなんか起こり得ない。」と説明されました。そこで私は息を呑みました。すぐに頭に浮かんだのはノーサイド寸前で5点リードされてて、トライしても逆転しない、うちのキッカーの力からしてゴールポスト下へ回り込んでトライしてあげないと逆転できない (当時はトライ4点) こんなケースではスローフォワードは十分あり得るだろうと思ったからです。でもそれを口に出すのは控えました。実際は当時のルールにはその場合の記載がなく、現行ルールにはそういう場合は5mスクラムという記載があります。このようにルールそのものが細かい解釈を加えて年々成長していきます。

麻生 彰久レフリー

大槻 卓レフリー

久保 修平レフリー

他競技はどうかよく知りませんが、少なくともラグビーは毎年のルール改正を講習会でおさえておかねば笛が吹けないほどよくルール変更があります。でもこのルール改正はネガティブに捉えないでください。むしろ各チームがルールを研究した結果、勝つために面白くないプレーがたくさん出てくることを防ぐ役割が強いのです。最近で言えば日本中のチームが判で押したように「ゴール前はラインアウトモール」という傾向が強く出た時期がありましたが、これもルール改正でかなり緩和されてきています。子どもたちは自分たちの遊びがつまらなくなったらどんどんルールを変えてもっと面白くしようとしますが、それと同じことがラグビー界では世界レベルで起きていると思って下さい。(それにしてもなぜ野球やサッカーはそうならないのか?まぁコンタクトプレーがほとんど1対1で起こるため非常に見やすいってことなのかな?)


そもそもルールの勉強なんか、その年齢になるまで一度もしたことがなかったのです。ラグビー一流高校や大学ならいざ知らず、私の進んできたラグビー二流高校、大学二流ラグビー同好会、社会人大阪Cリーグ、という道では一度もそんなチャンスは(自ら求めない限り)ありませんでした。これは特に驚くにも当たらないことで、私の教えた子達で大学へ行ってやった子でもろくにルールを知らないのにびっくりすることがあります。現役は勉強するヒマがあったら走れ・・・というのが昔からの考え方でした。

ルールブックを読んでいて私が理解したのは、「このルール体系には根底にラグビー精神が流れている。それを知って吹けば対処できるはずだ。」ということです。実際に試験に受かるためには、キックオフのボールが一度はタッチラインの上を越え、風で押し戻されてフィールドに落ちた場合はタッチ?とか、インゴールに転がったボールを身体は完全にタッチの外からダイブしてインゴールで一瞬押さえた場合はトライ?とか、ややこしいケースを憶えねばダメですが、一冊読んでいく内に、ルールというのはこういう考え方の元にできてるんだな、サッカーのオフサイドとラグビーのオフサイドの考え方の違いはここなんだな、というのがぼんやりわかってきます。こんなこと言ってても実際に細かいルールを知らなければレフリーはできませんが、それでも私の言いたいことを言うためにはここんところが重要なので先に布石を打っておきます。


試験に受かってライセンスをいただきました。そうすると翌年には正式登録されて、大阪協会のレフリー名簿に名前が掲載されます。しかしそれを見て、試合を吹いてくれ、という申し込みは一度もなく、自分に関係するチームの試合、そこから発展して自分のチームが所属しているリーグなどの他のチームの試合を吹くのが関の山です。だから結局数年で数回しかレフリーをするチャンスがなく、レフリングの経験を積む前に、その協会のレフリー名簿を見た岬ラグビー関係者に電話で一本釣りされて、スクールに関係するようになったのです。

戸田 京介レフリー

原田 隆司レフリー

平林 泰三レフリー


短いレフリー生活の中で、自分で満足のいく笛は最後まで吹けませんでした。それどころか、試合の途中で口汚く選手にののしられ、こちらもこんな練習試合で協会へ報告するほどのこともない、と思い余計ストレスが募る、みたいなこともありました。
スクールの試合でさえ、とんでもない暴言を吐く観客が多く居ます。因縁試合みたいなのもあって、他のコーチから、あの対戦は吹きたくない・・・という声を聞いたことも何度かあります。
まったくルールを知らないお母さん達が自分の応援しているチームにとって不利な笛をことごとく批判してくるケースもありますが、それは明らかにルールを知らないのだから、聞こえなかったことにしてあげようと割と冷静に思えます。しかし、中にはコーチがまともに試合中に(聞こえるように)批判してくることさえあるのです。抗議ならまだ対応できますが、聞こえよがしに言ってるのは対処が難しいです。お母さん達はそのオヤジの尻馬に乗ります。明らかにルールを知らずに吼えて、同じスクールの先輩にたしなめられているケースもあります。
一度、高校の試合で応援席がブーイングしているのに対し、自チームの観客を「うるさい!静かにしなさい!」と一喝して止めた監督がいらっしゃいました。あの時は、心の中で拍手喝采しました。

レフリーを目指した時は、もっと甘く考えていましたが、実際やってみると私にはレフリーを続けるモチベーションが保てませんでした。微妙な判定がなければほっとするが、微妙なプレーがあったら、どちらかのサイドから必ず叱声が聞こえ、時には両方から批判されることさえあり得ます。それも自分にスキルがないため、反則を見逃してしまったとか、時には全く逆のチームをペナライズしてしまったとか、については叱声に甘んじるしかありませんが、明らかにそうじゃないケースもある訳です。スクールレベルならまだしも、15人制で行う大人の試合では見えないことがいくらでもあります。また、大人の試合ではスクラムの反則がたくさん吹かれますが、こちらの1番と相手の3番のどちらがスクラムを落としているのか?こんな判断、プロップをやっていた私でもどっちに責任があるのかわかりません。レフリーは本当にわかって吹いているのか?と疑問に思う場面がたくさんあります。
一生懸命勉強して、休みの日を丸一日つぶして、自腹で交通費、弁当代を出して、遠くまで出かけ、試合では必死で走って、その結果、山のような叱声、罵倒、そして試合後は無視され一人寂しく帰る。

でも、それより何より最大の問題と思えるのが「リスペクトがない。」ということです。

リスペクト (respect) という言葉は最近ラグビーでもよく使われるようになりました。試合中は必死になって相手をたたきつぶすつもりで戦う、でも歯ごたえのある敵であればあるほど、終わった後にたとえ負けても一定の爽快感と、相手が立派だった、良い敵だった、彼らとのゲームはスリリングだった、またぜひやりたい、と思う気持ちが湧いてくる・・・・こんな感じでしょうか。それをリスペクトとするならば、レフリーに対するリスペクトは?
両チームキャプテンはさすがに終わった後、握手に来て、お礼の一言ぐらい言ってくれます。(スクールレベルではそこまでできる子どもは少ないですね。これはうちの4年生にも教えなければ!)
でも他のプレーヤーは?コーチは?観客は?

ルールブック表紙
(中身は211ページあります)
日本協会サイトでダウンロード可能。
またIRBサイトへ行けば世界各国語の
ルールブックもダウンロードできます。


クライストチャーチで出会った一人のレフリーを紹介しましょう。カンタベリー協会の森園氏です。われわれの遠征時に笛も吹いてくれたし、食事をご一緒させてもらうチャンスもありました。彼は日本でラグビー経験がなく、NZでスタートし、最初の試合で大怪我をして、リハビリしていたら協会からレフリーにならないか、という誘いがあったということでした。そういう機会を見逃さない協会もすごいし、そこから勉強してレフリーとして活躍している彼もすごいですよね。
その森園氏のフェイスブック上で最近、プレーヤーが故意に倒れている選手の頭を踏んだ場合の対処が話題になっていたのがこの拙文を書こうとしたきっかけです。そこではレッドかイェローか?が話題になりましたが、「故意かどうかは判断しにくいから協会は一律レッドというガイドラインを出しているのじゃないか?」というご意見もありました。
私はそこにひっかかったんです。ビデオ再生して判定するという方法はどんどん使われているし、もちろん見逃しが多いことを考えればそれは有効に使うべきですが、本来レフリーは対戦チーム同士が「じゃあ今度の試合はどのレフリーにお願いしよう。あのレフリーなら公平に吹いてくれるだろう。」とリスペクトを持って決められてきたはずです。もちろん試合ごとにそんなことしてられないから協会が代行し、協会がオーソライズしたリスペクトできるレフリーを採用するということです。だからレフリーには故意かどうかを判定できる目がある、というのが前提です。自分が倒れないように踏ん張ったところにたまたま頭があったのか、この野郎、と思ってついつい踏んづけたのか、これは当事者であるレフリーには絶対判断できる、またその判断をリスペクトし、任せるというのが基本だと思うのです。

私のつまらない経験で例を出すのは恐縮ですが、ノット10mを拡大解釈(悪用?)してペナルティが起きたらすぐにタップキックして正当に退きつつある敵にわざとぶつかってもう一回ノット10をもらおうとするプレーが横行したことがあります。すぐに2回目はレフリーが試合を止めてそんなことは繰り返させないようになりましたが、これも協会から指示があるまではルールに書かれている通り、と頑なにノット10をとり続けるレフリングもあった訳です。それは上述のようにルールの基本精神を忘れたレフリングだと思うのです。だから私はそんなちょろいプレーをしてるヤツを断固逆にペナライズしました。

こんなこと書いたら「いや、あくまでも(間違っていても)ルールはルールだ」と反論されるかも知れません。ぼくは神経質な笛を吹く人は嫌いですが、まぁそれは本編の本意ではないです。本意は、もっとレフリーをリスペクトしましょう、です。私のNZ経験はまったく浅いですが、それは日本よりずっと進んでいるような感じがしました。
グランドに一礼することの意味はわかりますが、それよりもまず自戒を含め、そこに居るレフリーに一礼することを子どもたちに教えたいと思います。